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ぼっち駐妻のアメリカ奮闘記

専業主婦不適合な駐妻が、心身健康かつ日本での再就職を目指す記録

動かない子

今週のお題「一番古い記憶」

 

私は、自分が関わった出来事を結構詳細に覚えていて、周りに驚かれます。

特に家族との写真を見返してたりなんかすると、記憶が蘇って、思い出話しが出るわ出るわ。。。

そういう記憶が薄い妹には「リアルすぎて逆に作り話じゃないかと思うレベル」と言われ、

6歳違いの弟は、自分が覚えていないごく小さい頃の話を姉(私)を筆頭に家族全員にイジられるため、思い出話大会は苦手そう...。

 

そんな私の一番古い記憶は...

 

★祖父母の家にて、祖母に「ここでじっと待っときなさい」と言われて、お留守番。土間の段差が怖くて立ち上がることすらできず、おやつを握りしめたままひたすら待つ。

 

祖母はお利口お利口と言ってくれ、その後も近所の人がお茶飲みに来るたびに、動かないことを褒められていました。

 

★祖父が飼っていた豚の小屋にて、祖父がふざけ半分で豚の背中に私を乗せた。臭いけどどうすることもできずにじっとしていた。

 

祖父的にはギャン泣きすることを期待していたのでしょうかね?豚に乗ったのはこの1回きりでした。

 

★祖母が風呂で100まで数えろというが数えられないから、じっとしている。

 

★祖母が鍋で温めた牛乳を飲めというが、薄く張った膜が苦手だけど、飲まないと怒られるから、ぐっと飲み干す。

 

★祖父が「フジタ」(当時地元にあったホームセンター)に行こうと言うと、祖母に隠れてお菓子を買ってもらえるから黙ってついていった。(証拠隠滅のために軽トラの中か畑で食べさせられた。)

 

★クリスマスにもらったシルバニアで祖母と遊びたかったのに、それは無視されたから、一人で遊べるようになった。

 

祖父母との思い出ばっかりです。2歳後半ごろ。

なぜかというと、母が妊娠後期〜出産まで長期入院&里帰りしていて、

父方の祖父母の家に何ヶ月も住んでいたからです。

幼いながらに日常と違いすぎて記憶に刻み込まれたんだろうな。。。と思います。

ここに書いてみると、緊張していて、腰抜けてたんじゃ?とか、幼児ながら気を使いすぎでしょ?と今なら大爆笑でツッコめます。

あ、その時の父は?というと...夜には仕事から帰ってきてたはずなんだけれど...。

全然記憶にないです。ごめんね。

 

 

一番古い記憶ではないけれど、母とその教育方針についての記憶もあります。

(最近、妊娠後期の妹が、すでに保活を始めていると言っていたので、思い出して、盛り上がりました。)

 

★くもんで鉛筆を握って、延々と線をなぞったり、すうじ盤を並べていた。

 

くもんって、意外と月謝高いのに、遊びのようなものになぜお金払ったんだろう?と思って、高校生くらいの頃聞いたことがあります。

当時(今も?)、早期教育については賛否両論あったものの、私は生まれつき目の疾患があった(今は手術で治った)ので、両親は、「この子にはスポーツは無理だから、勉強させて、いじめられないようにしてあげよう」(賢い子はいじめられないという20代新米パパママの思い込みですよね。。。)という教育方針で通わせたとか。

でも、最近ぶっちゃけられました。。。

「20分でも、30分でも1人になりたかった...。託児所代わり。」と。

私は、祖父母との記憶にもあるように、動かない子なので、30分どころか、1時間でも2時間でも黙々とやっていたらしいです。美容室とか余裕で行けたらしい。

どおりで、私の小さい頃の写真の母、いつもきれいにパーマかかってるわ。

 

★たくさん幼稚園の見学に行って、オレンジ色の印象が残っている幼稚園が一番気に入っていたのに、全然印象のない幼稚園に入った。

 

当時住んでいた団地のお友達と一緒に、たくさん幼稚園を見て回った記憶があります。

人がいっぱいいて遊具が楽しそうな幼稚園、団地のお兄ちゃんお姉ちゃんが通っている幼稚園等、いくつか覚えていますが、実際に春から通ったのは、全く記憶にない幼稚園でした。

団地のお友達はほとんど別の幼稚園に通っていたし、クラス名が鳥の名前で可愛くなくて、最初は不満だったような記憶があります。

今どきだったら、ママ友みんなそろって同じ幼稚園とかしそうなものなのに、私の母ってちょっと変わってたのかな?もしやハブられてたのかな?と思って聞いてみました。

「新しくてキレイな幼稚園だったから」

...あ。そうですか。。。(発想が若い。当時27歳くらい?)

でも、その後話を聞いて、頭が下がりました。

私と妹を2人連れて、市内の幼稚園を全部回ったとのこと。

(なので、区役所に出向くだけで面倒くさいと言っている妹に喝!でした。)

裸足で1日中過ごす園だったり、運動に力を入れている園だったり、キリスト教系だったり、音楽だったり、勉強だったり。

ほとんどの園が年配の園長先生やベテランの先生がいて、自信満々で、教育方針を押し付けられているようで、母は引いてしまったそうです。(学校の先生嫌いな母らしいです。)

私が入った園は、まだ新しくて、園長先生や他の先生も若く、「みんなでやりましょう」という感じで、なんか安心したんだとか。

その幼稚園、弟が入る頃にはすっかり人気園になって、どんどん設備投資してたな〜。いつだったか、「わんわん」吠える豪華バスになっていたしな。。。懐かしい。

 

周りに流されることなく、自分の信念と直感(と欲)で教育してくれた母には感謝です。

私が「動かない(動じない)」のはきっと母ゆずりなんでしょうね。

流されない、動じないの精神で、駐妻生活もうまくやっていけるでしょう。

 

だいぶ話が逸れましたが、私の記憶です。

 

 

 

 

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